心の中でも「いい子ちゃん」キャラを演じていることに気付いた

私のこと

アスペルガー夫とケンカしてあまりにイライラしていた時、以前もこのブログで紹介した「だんなDEATH NOTE」 を冒頭から読んでいました。

 

読んでいると、自分と同じような悩みがたくさんあって安心します。

 

的を射た辛辣な文章に、時々笑ってしまうことも。

 

 

と同時に、人間としてどうなんだと思うダンナさんが多いことにびっくりします。

 

 

ダンナDEATH NOTEを読みながら、

『みんな、だんなさんの死を望んでいるんだなぁ。私はアスペ夫に死んでほしいとまでは思わないなぁ・・・』

 

という思いが頭をよぎって、ハッとしました。

 

 

 

私は無意識のうちに、夫の死を望んではいけないと自分にストップをかけている

 

 

頭の中で何を思おうが自由なのに、それすらも自分に禁止している。

 

 

 

なぜ?

 

 

 

それは、私が 外面良し子ちゃんだから。

 

 

 

人を死を望むことは悪であると、私は思い込んでいる。

 

 

 

そのことに気付いたのです。

 

 

 

私ってどんだけ自分を律しているのだろう。

 

 

誰も介入できない自分の心の中でも、あれはダメこれはダメって制限かけてる。

 

 

しかも人が同じこと(ダンナの死を望むこと)を考えていても、それはダメだとは思わない。

 

「私が」思うことだけがダメだと思ってる。

 

私にだけ、厳しい私。

 

 

もうそういうのやめようとつくづく思いました。

だってしんどいから。

 

 

 

夫の死を望んだって、いいじゃない。

 

いなくなってほしいと思うほどにひどいことをされるときあるのに。

 

 

おそるおそる、夫が亡くなった後の世界を想像してみた。

 

そしたら、悪くなかった。

 

 

いい子ちゃんの鎧を脱いでいくのは大変だけど、自由が増えたような気がしてちょっと嬉しくなる。

 

 

話も気持ちも通じない人に、いい子になるのはほんとやめようと思う。

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アスペルガー夫と定型妻の日々

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